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『アフリカのいのち』
(アマドゥ・ハンパテ・バー著・山口雅敏・富田高嗣と共訳) 新評論

あとがき紹介

 本書は、アマドゥ・ハンパテ・バーAmadou Hampate Baのフランス語による自叙伝の第一巻(原題『プール人の子アムクレル』Amkoullel,L’enfant peul Babel社刊)の全訳である。
 アマドゥ・ハンパテ・バーの名は、一部のアフリカ文学ファンにはおなじみだろう。あの希代の奇書『ワングランの不思議』(石田和巳訳 リブロポート)で日本にも知られるアフリカ文学の大御所で、一九九一年に没するまでアフリカの伝統に根ざした呪術と超自然に満ちた、奇想天外でありながらも事実に即した物語を数多く残した作家である。
 本書の内容を繰り返すことにもなるが、かなり複雑な本書の手引きを兼ねて、バー、およびその祖父母や両親の生い立ちをおさらいすると、こうなる。
 バーは、一九〇〇年、西アフリカのマリのバンディアガラに、プール人の父ハンパテと母カディジャの間に生まれた。母方の祖父パテ・プロは、プール人でありながら、トゥクルール人の英雄エル・ハジ・オマールの側近の一人だったという。そして、父ハンパテは、そのエル・ハジ・オマール殺害を疑われてトゥクルール人に皆殺しにされたプール人名家の生き残りだった。
 原題にも使われている「プール人」というのは、東方から西アフリカに移住してきた遊牧生活を送る民族である。一八世紀にはナイジェリアのソコトに、一九世紀にはマリのニジェール河流域のマシナ地方に帝国を築いていた。ところが、そこにエル・ハジ・オマール率いるトゥクルール人が現れ、プール人の帝国は滅亡する。その後、プール人はトゥクルール人に吸収されながら、平和的に生活することになる。
 つまり、プール人の血を引くバー(すなわち本書の主人公アムクレル)の一族は、トゥクルール人の帝国の中枢にいたプール人ということになる。しかも、バーの実父と母は離婚し、母はトゥクルール人の名家の一員であるティジャニ・タールと再婚し、バーはその正式な養子となるので、バーはそこでも二つの民族の狭間に立つことになる。その上、養父ティジャニも国家的陰謀に巻き込まれて流刑の身になるため、バーは生まれながらに数奇な歴史的な事件に立ち合う運命にあったといえるだろう。
 バーは、このようなめぐり合わせのもとに生まれ、しばらくの間、養父ティジャニの流刑地ブグニで暮らすが、バンディアガラに戻って少年時代を過ごす。コーラン学校に通った後、ある事情から白人学校に進むことになる。そこでフランス語を身につけ、一九一八年にバマコ地方学校に入学し、修了資格をとる。その後、セネガルのゴレの師範学校に進学することになっていたが、母に反対にあって、それを拒むと、総督にウアガドゥグゥへ下級公務員としてやられる。
 一九三二年までウアガドゥグゥで暮らし、その後、バマコや隣国オート・ヴォルタ(現在のブルキナ・ファソ)で公務員、通訳、秘書などをして暮らし、結婚して家庭を営むが、一九五一年、ユネスコの給費生として一年間フランスに留学。その後もたびたびフランスを訪れ、フランスの海外ラジオ放送などにかかわる。マリに戻ってから、マリ人文科学協会を設立し、その会長になる。そして、そうしながら、プール人の伝承文学などの研究をし、数々の物語の発掘、紹介にあたる。
 そうして発掘され、美しいフランス語に移されたのが、神秘の国カイダラへ旅立つ三人の人物を象徴的に描くプールの神話『カイダラ』、善と悪の戦いを描くプールの空想的な物語『災いの母ジェッド・デワル』、マリの寓話集『一握りの塵』、神のもとに行こうとするいたずらな野うさぎを主人公にしたプールの伝説『ちびのボディエル』、アフリカの民話集『小競り合いはない』などの、プール人やその他のアフリカの民族の口承文学作品である。まさしく語り部として、彼は文学に寄与してきたのである。
 また、本書でも紹介されるイスラム道士ティエルノ・ボカールを紹介した『バンディアガラの賢者ティエルノ・ボカールの生活と教え』や、同じく本書に登場する特異な人物ワングランの数奇な生涯を描く『ワングランの不思議』も発表している。後者は一九七四年にブラックアフリカ文学大賞を獲得している。
 このようなバーの人生の前半が本書に、そして後半が、本書の続編である自叙伝『はい、司令官殿』に書かれることになる。
 このようなバーの生い立ちから明らかに見えてくるのは、様々な意味での二重性だと言ってよかろう。
 先ほども述べたとおり、バーは、トゥクルール人と結びついたプール人の家庭に生まれた。しかも、プール人の実父とトゥクルール人の養父という二人の父を持っている。そして、伝統の中で暮らしながらフランス語を学び、フランス文化を身に付けることになる。まさしく、西アフリカの伝統と西洋、イスラム教とキリスト教の二つの教えの間にいる。
 だが、もちろん、バーはそのような二つの価値観の間で引き裂かれているわけではない。一般人であれば、二つの価値観の間で引き裂かれ、自分の価値観を失うのかもしれないが、バーはそうではない。本書をお読みになればすぐにわかるとおり、この文章から浮かび上がってくるのは、どっしりと大地に根を張り、厳しさと同時に暖かさをもち、酸いも甘いも知ったスケールの大きな人物像だ。引き裂かれるというような弱々しさは、彼にふさわしくない。
 むしろ、バーの場合、その二重性が、プール人というアイデンティティをしっかり持ちつつも、ほかの民族、ほかの文明にも自由に触れることのできる能力を与えたと言えるのではあるまいか。そして、それが植民地で暮らし、植民地主義に激しい怒りを覚えながらも、白人に対する人間愛を失わず、しかも現地の人々への厳しい目も失わずにいた所以かもしれない。自分の価値観は崩さないまま、別の価値観を受け入れるだけの懐の深さを、バーは持っている。そして、そうした能力こそが、まさしく「語り部」として、今や失われつつある世界を現代人に語り、アフリカの思考を先進国の人々に語る役割を彼に与えたと言っていいかもしれない。
 そして、その意味で、「語り部」バーの集大成と言えるのが、本書である。
 ここには、語り部としての要素が遺憾なく発揮されている。乳母ニエレや母に聞いたであろう、父のこと、先祖のことを事細かに描き出す。もちろん、創作が混じるにしても、その喚起力のある筆致たるや凄まじい。そして、バー自身の体験した幼い頃のことの出来事も驚くべき詳細をもって再現されていく。しかも、波乱万丈の事件が続き、読む者を飽きさせない。いや、それどころか、いつの間にやら、自分も物語に参加し、登場人物とともに涙を流し、怒り、笑っている。語り部の面目躍如といったところだ。
 まず、本書をひもといて誰もが最初に驚くのは、エル・ハジ・オマールなど、西アフリカを描く歴史書でなじみの名前が次々と登場し、白人の書いた歴史書では描かれなかったような生き生きとした姿を見せることである。
 たとえば、ここに一冊のアフリカ史の書物『黒アフリカ史』(J・シュレ=カナール著、野沢協訳 理想社)がある。その一八二ページから二二〇ページにかけて、西アフリカにおけるプール人の覇権と、そこに登場したエル・ハジ・オマールの活動、そして、その甥ティジャニの王国の歴史が記述されている。だが、それは歴史書としてはかなり精密なものだとはいえ、フランス人の眼から見たアフリカ史でしかない。エル・ハジ・オマールもティジャニも生きた人間としては描かれない。いわんや、その側近たちの助言も、敵対者たちの呪いもまったく出てこない。それを読んだだけでは、どのような肌の色をした人々がどのような希望と、どのような怒りを持って戦ったか、どのような誇りを賭けて戦ったかわからない。
 だが、本書の第一章には、歴史にかかわった当事者の眼を通して、血の通った人間と人間のぶつかり合いのドラマとして歴史が描かれる。そればかりか、西洋文明に毒された人間には想像もつかないような驚くべき価値観が人々の行動ににじみ出る。この歴史の中に不思議な予言が大きな意味を持っていたこと、利害よりも誇りが人々を動かしていたことを改めて知ることになる。
 しかも、ここには、西洋の歴史から隠されていたアフリカの歴史も描かれる。第一次世界大戦が勃発したときのアフリカの人々の右往左往、そして参戦してヨーロッパの戦地に行って初めてヨーロッパの人々と接したアフリカの人々の驚き。西アフリカを襲った激しい飢餓。そのような歴史的事件が語られる。
 だが、それ以上に、この物語を魅力的にしているのは、アムクレルという活発で多感で腕白なイスラム教を信じるプール人少年を通して見た西アフリカの人々の日常生活が生き生きと描かれることだろう。
 アフリカの人々は、個人が一人で存在するとは考えない。先祖の中の一人として、自然の中の一人として考える。しばしば予言がなされ、それがしばしば的中する。自然や先祖を大事にし、友人を大事にする。イスラムの神を信じ、平和に、そして愛情豊かに生きようとする。歴史の中に、自然の中に、足場を置いてじっくりと生きている。
しかも、共同体を大事にする。夫が妻を離縁するのでなく、夫の友人が離縁を決めることもある。イスラムの一夫多妻制のなかで、妻同士手を取り合ったり、あるいは敵対したりする。ワアルデと呼ばれる少年少女の団体を作り、それぞれの団体が競い合う。儀式を重視し、儀礼を守る。割礼を大人になるしるしとして、自ら受け入れる。割礼の細かい様子も描かれる。
 もちろん、アフリカの人のなかにも高潔な人もいれば、卑屈な人もいる。他人の権威を嵩に着て威張り散らすものもいる。陰謀もある。そうしたことに立ち向かう勇敢な人もいる。それに勝利を収める人もいる。惨めな境遇に陥る人もいる。少年たちは、つい残酷なこともしてしまう。弱い者をいじめてしまうこともある。アフリカの人々に軽蔑される白人もいれば、尊敬される白人もいる。アフリカ人と心を通じ合わせられる白人もいる。
 そのような、ほろりとしたり、主人公と一緒に怒りたくなったりといったエピソードがたくさん語られる。そこに生きた者だけがわかるアフリカの現実が、ここにはある。偉大なアフリカがあり、逆に卑屈で惨めなアフリカがある。そして、それを読んでいるうちに、我々の眼に、アフリカの人々のなまの生活の状況が見えてくる。生きた人々の生活が、そして心の中が見えてくる。
 アフリカ小説というと、多くの人が白人への怒りや反植民地主義を声高に語る小説を思い浮かべる。現に、これまで紹介されてきた小説のほとんどがそうであったし、現にそれがアフリカの人々の現実でもあるだろう。そして、もちろん、本書にも激しい植民地主義への怒りがある。だが、そこにとどまらない深さがここにはある。植民地でそれぞれに自分の生を懸命に生きた人々の姿が描かれている。イデオロギーに合わせて世界を見るのでなく、現実を、そして一人一人の人間をそのまま見ようとする態度が本書では一貫している。
 だが、もう一つ、本書が日本人に与えるショックがある。
 これらを読みながら、われわれの知識がいかに西洋からの見方に歪まされているかを思い知るのである。同時に、このアフリカの暮らしに似たものをわれわれはかつて持っていたのではないか、いつからか、それを失ってしまったのではないかという思いにもかられてしまう。
 かつて、欧米の価値観を受け入れる前、間違いなく、日本人は自然や祖先や共同体との一体感を持っていた。儀式を守っていた。もしかしたら、疎開世代の人は、アメリカ兵に対して、アムクレルがフランス人に対して抱くような感情を抱いていたのではないか。もちろん、欧米文化は様々なものを日本にもたらした。だが、本書を読む多くの方が、欧米文化とともに我々の失ったものが、いかに大きかったか、改めて思い知ることだろう。
 なお、バーの著作リストを挙げると、以下の通りである。なお、バーの死後、著作集としてまとめられたものも多い。
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